素材の考え方

素材本来の表情は年月とともに陽当りや雨染みに馴染んでいくから美しいのであって、いつまでもツルツルピカピカしてキレイな素材というのはなんとなく好みじゃないな…と。

独り言です。

いろんなモノに対して、いろんな考え方があるので、正解とか間違っているということはありません。個人の価値観によって異なります。そんな中で、私が何気なしに気になっていることです。おそらく、世の中の大半の人に反対されるでしょう。

いつまでもキレイなほうがいいに決まってると。

確かにキレイなほうがいいんですが、不自然に感じるキレイは避けたいなと。山の中を歩いていると目に付きます。いつまでも変わらずキレイなモノは人間の作り出した素材だけだなって。

先日、白山に登ってきました。

自然が美しいのは生きているから、朽ちてまた生まれるという新陳代謝が成り立っているからだと思うのです。朽ちていく時間の経過はそれぞれ差はありますが、モノというのは次に託す存在であるべきなのかなと。

最近、住宅の設計と同じくらい庭の計画も重視しています。とても面白く奥深いです。庭は建築が存在することで人間が作為的に作り出すものですが、それでも樹や草は、若葉や紅葉といった新陳代謝を見せてくれます。そうなると今度はその庭の新陳代謝に合わせるように、建築の素材にも気を使うようになりだしました。自然に馴染む素材はいつまでも変わらないキレイを保つことはできませんが、時間とともに熟成していき、そして朽ちていくものです。ただその様子が日々目に入ることで、そこで暮らしている自分も同じように変化していることに安心できるような気がするのです。

自然の素材が変化していく過程で汚く見えるのは、周囲の環境に対して変化することのないキレイなものに囲まれている不自然さに、私たちが慣れてしまっているからなのかもしれません。人だって年齢を重ねればシワやシミが増えてきても自然なことのはずです。

自然の中にいると、そういういろんなことを教えてくれているように感じます。

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